転職を考えるすべての20代の女の子へ届けたい。私はいまから1年前、見切り発車で会社を辞めた。

スポンサードリンク



はじめまして、女の子のときめきを応援する20代向け転職サイト「Style」代表のichです。

わたしがこのサイトを立ち上げたい、と思ったのは、仕事を辞めたかった過去の私への、ある’’想い’’がきっかけでした。

「ブログは、過去の自分に向けて書いている」というのは、本当にその通りで、これから綴る私の言葉ひとつひとつは、その当時’’どうしていいかわからない’’と、もがきながら会社に行っていた、過去の私へのメッセージでもあります。

もしも今、あなたが過去の私と同じ状況にいるのなら、私はあなたに何ができるのだろう。

Styleは、そんなあなたたちの背中をそっと押してくれるメディアでありたい。

もがいて苦しんで、ひとりで頑張るあなたへの、少しの希望になればよい。

そんなことを思いながら、7月16日、ちょうど1年前の、私の話をさせてください。

 

「何考えてるの?いつ帰ってくるの?」

電話の向こうで心配そうな声が聞こえる。

会社を辞める。ーそう、母に初めて告げたのは、退職して一週間が過ぎた頃だったー

7月16日。忘れもしないこの日、わたしは、仕事を辞める決意をして、朝、家を飛び出した。

もう限界だ、と思った頃には、仕事に向かう気力も体力もなくなっていた当時の私は、這うように毎日を生きていた。

本当は、すぐにでも実家に帰るべきだったのかもしれない。

「もう会社に行かなくていい。」

その言葉を、誰かにかけてもらいたかった。

母に電話をかけたのは、たぶん、それが聞きたかっただけなのかもしれない。

自分の存在価値

新卒1年目で入社した子供服の会社を飛び出し、引き抜きで入れてもらった超大手のアパレル業界に勤めたのは、22歳の夏だった。

そこの正社員として迎え入れられた私は、引き抜いてくれた先輩に「期待の新人」という称号をもらい、多分他の人よりちょっとだけ、調子に乗っていた。もともと数年バイトをしていたことのある業界、だから、他の人よりもできるという自信があったのも事実だった。

でも、そんな私のことを、新店立ち上げから関わってきた同期のメンバーは、あまりよく思っていなかったのだと思う。

「期待の新人って言われてるのに、思ったより使えないんだね。」

そんな言葉をかけられたのは、入社してまだ二ヶ月の頃だった。それ以降、何かあるたびに、”思ったより”と比較されるようになって、初めて「あ、私ってこの人たちから嫌われているんだな」と度々、実感するようになった。

そうすると、もっと頑張らなきゃ、期待に応えなきゃ、という気持ちが先に溢れて、「すみません」が口癖になる。

この当時、友達が買い物に来てくれても、周りの人に「大手だね!すごいじゃん」と褒められても、わたしなんか何もできないのに・・・と、自分を下げてみる癖がついていた。

そんな私を救ってくれたのは、ちょうど同時期にアルバイトとして入社した、可愛い後輩たちだった。

「先輩、ここはどうすればいいですか?」そんな、素直で可愛い後輩たちのことが、私は大好きだった。

「先輩のおかげで、仕事楽しいです。」いつしか、そう言われるようになり、「思ったより出来ない」そんな風に言われ続けて悩んでいた私は、はじめて、自分はここにいてもいいんだ、と思えるようになった。

毎日仕事が終わると、アルバイトの子達と一緒によくご飯を食べに行った。

そんな風に周りと接していくうちに、最初は私を冷めた目で見ていた同期たちも、少しずつ手を貸してくれるようになっていった。新年会は、そんな私が幹事になって、好きな人たちばかりを集めて数十人でご飯を囲んだ。

「来年も頑張ろうね」「あなたがいてくれてよかった」

そう言ってくれる人がひとりでもいれば、まだ、私は頑張れる。

そこで出来た人間関係が、私の大事な財産であり、誇りだった私は、この会社で頑張る決意を新たにして次の春を迎えた。

事態が変わったのは、人事異動という名の店舗での社員のシャッフルが行われてからだった。

それまでは比較的平和だった私たちの日常は、その人事異動を機会に、急激に変わっていった。

長いものには巻かれた方がいい?

人事異動でやってきた私たちの上司は、40代を過ぎた女性役員だった。長い髪に細いピンヒール、苦手なタイプかな?と思ったけど、最初は温厚で、周りともうまくやっていたように思う。

ある日、レジ裏で後輩を叱りつける先輩の姿を見ることがあった。「先輩が後輩を怒るのは当然」ーそういうルールなのはわかっていても、あまりにも理不尽な怒られ方をするその後輩の苦痛そうな姿を、当時の私は放っておくことはできなかった。

もともと、「正しいことは正しい」と相手に正論を叩きつけるタイプだった。でも、それがまずかった。

「ちょっとあの怒り方、どうかと思います。」まだ22歳の小娘は、そんなのことを上司に言ってしまった。言ってしまったのだけど、何も悪いことをしているという実感はなかった。ただ、大事な人が傷つけられているのは見たくなかった。

次の日から、彼女の私に対する態度は明らかに変わっていった。シフトの管理、日報のやり方、在庫補充・・・何に関しても口を出された。実力不足、そうレッテルを貼られたくない一心で、彼女に指摘されたことはなんでも直す努力をした。

それでも、やっぱり理不尽だった。

ある日、その不満が爆発した。別に大したことではなかったように思う。それでも、誰よりも人一倍努力して、誰よりもできる社員になることを目標にしていた私からすれば、理不尽に仕事を押し付けて、辞めるように仕向けてくる上司の存在は明らかに負担だった。

「こんな上司の元では働けません。」呼び出された店長室で、上司と店長にそれだけ言い残して、わたしは業務に戻った。

お客様の前で泣くわけにはいかなかった。でも、泣けない代わりに、悔しくて悲しくて、震える手をそっと両手で抑えた。

「頑張らなきゃ、ここで負けちゃダメだ。」そう言い聞かせてなんとかその日を終えた。

大好きな後輩が一斉に辞めたのは、そんな出来事からさらに一週間が経った頃だった。

なにが正しいのかわからない

「先輩、すみません」そんなラインが入って、私が大好きだった後輩たちは続々と辞めていった。

どうしたの?なにがあったの?と聞くと、その上司が大半の原因だった。

見えていないところ、知らないところで、悲しい思いをしている人がたくさんいた。

そのことがとてつもなく悔しくて、気づけなかった自分への罪悪感もあった。

「長いものには巻かれた方がいい」という言葉と、「強者の元では弱者は勝てない」という言葉が頭を交互に飛び交う。

このままでいいわけがない、でも、私はきっと何もできない。

自分の無力さが情けなかった。「こんな上司とは働けない」それを告げても、それ以上店長も店舗も動いてくれなかった。

それどころか、これ以上騒ぎになれば次は私も異動させられるかもしれないという恐怖の方が大きかった。

何が正しいのかわからない、たった22年間しか生きてこなかった私は、学校の勉強も両親の助言も、きっといまのこの状況では何も救いにならないことを今一度思い知って、絶望した。

「耐えるしかないのかな」そう呟いて、眠りにつく。

出勤を重ねるたびに、その上司を見るとだんだんと吐き気がするようになった。

頑張らなきゃ、と思うけど足がすくむ。その上司に指図されるだけでも、胸がむかむかするようになって、いつしか睡眠薬がないと眠れなくなった。

毎日繰り返される激務の中で、わたしはだんだんと自分と仕事と、その上司との関係性のバランスがわからなくなっていった。辛かった。自分の存在価値に意味なんてない気がしていた。

「ときめくこと」が私を変えてくれた

そんな時、たまたま休日に友人が息抜きがてら連れて行ってくれたエステが、私の人生を大きく変え、また美容の仕事に踏み出す新たなきっかけでもあった。

初めて会うエステティシャンのお姉さんは、なんだかとてもきらきらして見えて、穏やかそうな優しいオーラを放っていた。別に人見知りではないけれど、初めて会った人にそんなに深い話までいつもはしない。

でも、気づけばそのお姉さんに「仕事のこと、体調のこと、いまの暮らしのこと」全部話していた。

エステが終わり、全部を話し、少し綺麗になった自分の肌を鏡で見た時、「あ、わたしちゃんと女の子だな」と、ハッとした。

それまで、上司にいびられ、激務に追われ、夜はろくに眠れなかった私は、正直化粧品や自分のお肌にお金や時間をかけている余裕なんてまるでなかった。化粧をしたままベットに入り、そのまま朝を迎えることも、多い時は週に5、6回あった。休日はいつもベットの上で、ろくに外出もせず、次の出勤のことを考える毎日。

「かわいい!すっごいお肌綺麗になったね〜」

お姉さんにそう声をかけられた時、恥ずかしかったけれど、とても嬉しかった。

こんな風に誰かに褒められるなんて、もうずいぶん久しぶりのような気がした。

男女共存の社会で、負けるわけにはいかない、頑張るしかなかった当時の私に、「かわいい、綺麗だね」その言葉はドキンと胸を跳ね上げた。

嬉しかった。自分の肌が綺麗、それだけのことなのに、なんだか無性に。

「もっと自分を大切にしてあげたい」

心のどこかで、本当はずっと思っていた本音が溢れて、私はその勢いのまま、二週間後、仕事を辞めた。

女の子はいつでも、ときめいていてほしい。

女の子のときめきは武器だ、と私が考えるのは、間違いなく、この時の経験があったからだといまでも思う。

私は無事に仕事を辞めた後、エステの資格をとり、いまはエステティシャンとして、「すべての敏感肌」の人のために、本物のオーガニック化粧品を届ける活動を続けている。

会社を辞めた時、私は貯金もほとんどなく、全く見切り発車だった。

でも、すり減っていく自分をどんどん追い詰めながら毎日職場に行くことは、死ぬことよりも怖かった。

今なら思う。「我慢しなくていいよ、仕事なんか、辞めてもいいよ。」って。

でもあの時は、辞めた先に何が待っているのかわからなかった当時の私は、それすら怖くて。

踏み出すきっかけがなかったら、その、「ときめき」がなかったら。

私は今でも、あの会社でずっと消耗していたのかもしれない。

あなたの人生を輝かせる主人公は、間違いなくあなたしかいない。

そんな当たり前のことにすら気づけなかった当時の私のような女の子たちが、まだこの社会でもがいて、苦しんでるのだとしたら。

 

「あなたが主人公でいいんだよ」と、優しく包んであげるようなメディアがあればいいな、と純粋に思った、

だって、私たちは、いつも、どんな時も、「この瞬間」しか生きられないのだから

その一瞬一瞬を、どうか無駄にしないでほしい。

大切に生きて欲しい。

過去は変えられないけれど、未来はいくらでも変えられる、そんな想いを胸に、このStyleはいま、ここに存在しています。

’’女の子のときめき’’を何よりも一番、重視して。

わたしがときめきで変われたように、あなたもどうか、ときめく気持ちを忘れないでいてほしい、そんな私の小さな’’想い’’がそこにあるからこそ、’’女の子のときめきは、あなたの人生を大きく変えてくれるきっかけになる”ことを、すべての女の子たちへ、そして、過去の私に向けて、今の私から、メッセージとして残します。

Girl’s life is something that flutter.

女の子の人生はときめくものだ

この合言葉を胸に、これからも邁進して参ります。

当メディア「Style」を、これからよろしくお願いします。

スポンサードリンク



この記事が気に入った方はシェアをお願いします☆

ABOUTこの記事をかいた人

ich

こじらせ女子なエステティシャン。 鳥取県出身ブロガー。ブログ、YouTuberとして、【ich channel】を運営。 他、カメラマン、動画編集、ブロガー、エステティシャン、アパレル店員と多方面で活躍してきた経験を生かしながら「女の子がありのままで輝ける社会」を目指して活動しています。